そい じょ 

川崎さとみのプライベートブログです。 

でもトルコが好き

 中沢由美子著「でもトルコが好き」を読んだ。

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4898251366.html

 

 

 私にとって未知の国、トルコ。

そこで生活する著者の記録であるが、日常生活・文化・習慣・日本人観などがバランスよく書かれている良書であった。 

 

 トルコ→イスラム圏→イスラム教は一般に「過激」なイメージで、日本に定着しているが、これは原理主義者達のテロ行為ばかりがニュース材料として伝わっているせいである。

敬虔なイスラム教徒は、情に厚く平和主義者だ。

そんなトルコ人気質を垣間見ることの出来る一節があるので、引用、紹介したい。

 

p228より

 トルコに来たばかりのころ、通勤のフェリーでいっしょになった女性は、日本人だとわかると、「広島の詩」を知っているかといきなり尋ねてきた。知らないと言う私に、彼女は暗誦して聞かせてくれた。-中略ー教えてもらった詩の作者はナーズム・ヒクメット。思想の無い芸術は芸術にあらずと言った彼の書く詩は、共産主義思想に基づくものとして長い間取締りの対象になっていた。ー中略ー彼の詩は強い意思と人間愛に溢れたもので、偉大なトルコの詩人として各国で評価されている。-中略ーさて、「女の子」と題されたその詩というのは、広島で死んだ少女の魂がもう子供たちを殺さないでほしいと一軒一軒戸を叩いて回っては、人々にサインをして下さいと頼んで歩くというものである。ー中略ー

 トルコ人の間における「広島」の知名度は相当に高いといえる。過去に数多くの戦争の歴史を持つ、そしていまなお紛争の危機に晒されている人たちの平和と民主主義への願いは強く、中東へ干渉し覇権をふるうアメリカへの反感も強いからであろうか。最後に拙訳ではあるが、ナーズム・ヒクメットの「女の子」と題された広島の詩を紹介したい。

 

     女の子

 

扉を叩くのは私です

一軒一軒の扉を

あなた方には見えないでしょう

目には見えない死者たち

 

広島で死んで以来、十年ほど過ぎました

私は七歳だった女の子

大きくなることのない、死んでしまった子どもたち

 

髪の毛がちりちりになりました、最初に

目は燃えて萎みました

手は灰になってしまいました

灰になって空に舞い上がりました

 

欲しいものはなにもありません

甘いお菓子も食べられないのだから

紙のように燃えてしまった子どもたち

 

扉を叩きます

おばさんおじさん、署名してください

子どもたちを殺すなと

お菓子が食べられるように

 

p231まで