そい じょ 

川崎さとみのプライベートブログです。 

逃げる人々

 池澤夏樹の“きみのためのバラ”という短編集を読んだ。

 

 その中の一作“レシタションの始まり”に【逃げる人々】が出てくる。主人公のセバスティアーノは、妻を殺してしまい、山中に逃亡して怪我をしたところ、この逃げる人々に助けられ、生活を共にする。引用してみよう。

 

p107 彼らと暮らし始めて間もなく、セバスチアーノはこの人々がまったく争わないことに気づいた。一つのものを二人が欲している場合、あるところで一方がすっと手を引く。周囲の多の種族との間でも同じようにふるまうから、彼らは「逃げる人々」と呼ばれるようになった。対決の場で彼らが身を引く、つまり逃げるというのは嘘ではなかった。

 

 この【逃げる人々】は“ンクンレ”という不思議な言葉によって、欲望に支配されず生きている。

 

p109 多と争っても何かを所有したいという欲望がンクンレで消えるわけではない。それでも当面の激高が収まると、人は自分が欲しがっているものの価値を改めて考えるらしい。やがてその価値は相対化され、それにしがみつく思いは薄れる。

 

p110 ンクンレの教えるところに従って、奪わず争わずという方針で生きるとすれば、彼らの生活はこれ以上豊かになるはずがない、ということをセバスティアーノは理解した。しかし、多くを望まないために、欲望と執着を手放すのが容易なために、彼らが大きな不幸を知らないということも判った。

 

 彼はやがて山を降りて、このンクンレという不思議な言葉を世界に広める、というお話しである。

 

 さて実際のところ、人は欲望を切り捨てて生きることは出来ない。食べて、排泄して、眠る。という生理的な欲求も含め、必ず何がしかの「欲望に支えられ」それが「生きる意欲」にも直結しているのだと思う。

 

 だからこそ「何を欲するか?」と「その対象:つまり価値感」が肝心なのだ。

 

 

 さて、この短編集は、他に“都市生活”と“ヘルシンキ”もいい。

『南の島のティオ』に「続いて好きな一冊となった。