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 そい じょ 

川崎さとみのプライベートブログです。 

浜岡原発へようこそ

 スペインの新聞“EL PÁIS”に、こんな記事を見つけたのでざくっと訳してみる。

 ちなみにスペインも原発を持っているけれど、今は、風力発電が国内でトップの割合を占めている。

もともと、地震の殆どない国だし・・・、今の日本の状況はさぞ異様に見えることだろう。

 

http://www.elpais.com/articulo/internacional/Bienvenidos/nuclear/Hamaoka/zona/sismica/mundo/elpepuint/20110424elpepiint_9/Tes

 

 世界で最も地震の多い地域、浜岡原発へようこそ

 

 地震に苦しみ可能性のある国といえば、それは日本である。そして、日本の中で東京の南、東海地方。まさにそこ、3つの地質学的プレートの合流点の上に、5つの原子炉を持つ原発があり、そこは、日本政府がこの先30年で大地震が起こる最大の危険性があると位置づけた場所である。その名は「浜岡」で福島の事故が起こるまで、地震学に誇り高く挑んでいた。日本の反原発運動の初まりは浜岡の閉鎖を要求することである。

 

 浜岡の訪問者用施設は、まるで子供向けの原子力テーマパークである。「ゆうゆう」と呼ばれる黄色のイラスト漫画が、子供達にMOX燃料(ウランとプルトニウムを使ったもの)を、“夢の燃料”と説明し、それをクリーンで再利用可能と評価する。核の分裂をゲームのように説明するための、遊具や漫画雑誌などがある。

 

 その施設には原発の壮観な景色:太平洋に向かった巨大は砂丘の上にある5つの原子炉が見られる17階建ての塔がある。初めて稼動したのは1976年で、最初の2つは既に取り壊されている。

 

 中部電力の所有である浜岡の責任者たちは、地球最悪の地震帯のひとつにあることを隠していない。表示板によると、少なくとも4つの大地震がそこで起きたことを詳細に述べている:1498年にマグニチュード8.4 1605年に7.9 1707年に8.4 1854年に8.4。地震の周期は100年か150年ごとだ。最後の地震は157年前なので、日本政府の公式地図はそこを、30年以内に大地震がある危険性が最も高い地域と位置づけている。日本の地質学協会は「駿河湾マグニチュード8の東海地震が起こるであろう」と明言している。日本人達はその偶発的な地震を「東海地震」として認識している。

 

 その体制は好ましいものではなく、ある東京大学教授は“ネイチャー”の記事で地震の予知は出来ないと訴えた。何故なら、3月11日も含め、最近の巨大地震は予知された地域以外に震源があるのだ。それでさえ、日本人達は、1ヶ月前から福島の未解決事故を過ごして、自問し始めている。「あそこに原発を作るってのは何事だ?」

 

 発電所から20kmの住人、トクラユキエは「世界で最も危険な場所に位置する原発へようこそ」と、皮肉を言う。その他の日本人達のように、この女性も反原発への確信を持ち始めたばかりだ。このエネルギーは2010年の電力の29%をもたらした。福島の事故が起こるまで、発電所の近くに暮らすことを心配したことは一度も無い。トクラは、44年ロンドンに住んでいた。彼女は原発を支える多数派の地域住民の消極性が理解できない。「私はイギリスでイラク戦争に反対のデモをした。でもここでは誰も抗議しない。とても少しずつやるしかない」 批判者たちの中に町会議員のオオイシカズオがいる。「3月11日の震源地は福島から遠かった、もし、ここでの震源がまさに直下なら何がおこるだろうか?」と、彼は不安に自問する。

 

 日本人は殆どデモをしない傾向がある、福島によって何か状態を変わっているだろうにも関わらずである。東京では既に沢山の人々による2つの行進(デモ)が受け入れられ、それは主に若者達によるものであった。彼らの最初の目標は福島、そして次が浜岡だ。

 

 福島は反原発運動を誰よりも上手に助けた。エコロジスト達の間を、痛烈な皮肉で、ある言葉が走っている。「福島は我々を無職にした」 2007年の朝日新聞によるあるアンケートでは、日本人のたった28%だけが原子力エネルギーに反対していた。同じ新聞の調査によると、先週は41%に上昇していた。

 

 デモ隊は、潜在する論争を拾い集めた。既に神戸大学地震学のイシバシカツヒコは、浜岡での地震原発事故の複合型の災害について警告をした。2006年に公的な組織の一員であったイシバシは、地震の危険性に対する原子力の安全性を見直したが、締め出しによって辞職した。彼は2007年にザ・インターナショナル・ヘラルド・トリビューンにある厳しい記事を書いた。「政府は電力会社や保安院と共々に、巨大地震の危険性を下等評価する習慣を広めた。」彼は言い加えた。「悪夢は起こる危険性は、特に浜岡で高い」と。

 

 イシバシは報道機関に消極的だが2つの雑誌に次のことを表明したところである。「放射性の雲は東京の都市部に(約200kmに)到着するかもしれない。そして1000万以上の人々が避難しなければならないかもしれない。」毎日新聞は、今週、「浜岡は止めるべきだ」と、はっきりと題したコラムで、その引用文を使った。

 

 それだけではなかった。地震予測委員会の前会長、モギキヨオは2007年に浜岡の即時閉鎖を要求した。彼は2007年の地震柏崎刈羽原発の設計基礎を上回ったのを受けて、その要求をしたのだ。

 

 日本の原子力安全委員会(NISA)は、それを否定している。協会のある責任者は次のことを確言する。柏崎刈羽や福島に何かあったとするなら、それは想定さえも超えるような地震原発が耐えるということだ。柏崎刈羽の問題は、海への投棄と火事だった、しかし大したことではない。彼は主張する。福島の問題は地震ではなく15mの高さの津波であった。その津波が、半ば埋められていた緊急のディーゼル発電を奪い去ったのだ。

 

 浜岡は8.5の地震に耐えるように設計されているが、津波に対する防御はない(砂丘の上に建てられている)。電力会社は津波防御壁の建設を発表した。原子力は今、その第3の原子炉(浜岡)が示すように、福島の影に存続している。浜岡は3月11日再検査しており、月末に稼動するはずであったが、まだ止まり続けている。中部電力は第6原子炉の建設を遅らせた。そしてMOX燃料の使用を延期した。福島の後、日本はそのエネルギー政策を見直すべきだ。人々は浜岡について話すべきだ。