そい じょ 

川崎さとみのプライベートブログです。 

2012.3.11

今日は皆さん、どのように過ごされたでしょうか?

2011年3月11日から一年、各地で式典、講演、コンサート、デモなどが行われました。

 私は幾つかお誘いを受けたものもあったし、一時期はスタジオで何か自主企画の会を開こうかとも思っていましたが、結果的に、この大切な日は、独り仏壇の前に座って過ごすことにしました。

 講演やコンサートは、私にとって「今日でなくてはいけない理由がなかった」のです。
そして、もうずっと昔のことですが、自分の最愛の人を亡くした後の「命日」を思い返すと、やはり、いちばん自分の腑に落ちる過ごし方は、ただただ「祈る」ということだけでした。

そして、日本に居ない娘に、今までで一番長いメールを書いて送りました。
彼女は来月末、帰国します。

昨年の3.11以降に書いたこのブログの記事や、その頃のメールを読み返してみると、本当に途方に暮れていた様子がまざまざと蘇ってきます。
12日の夜には娘に東京を離れるよう準備させたこと、その後、追い立てるように海外へ放り出したこと、マイナス思考に陥らないよう、仕事や勉強に打ち込みつつ、自転車で渡西を計画したこと…。

3.11は、自分の肉親や友人に被災者がいなかったこととは関係なく、それまでの価値観を大きく変えた日でした。

 私はある時期以降の人生は自分にとって「余生」だと思ってきたつもりでしたが、突然の大きな脅威に対して、実は何の覚悟も出来ていなかったのだと思い知りました。
誰しも、明日の生命など保証されていない、ということを理屈の上では判っていても、実感し切れていなかったのでしょう。

  私たちは生き残った者なのだと思います。

 原発事故が、ともあれ想像しうる範囲内での最悪の事態を逃れることが出来たのは、「偶然の重なり」に過ぎず、今もまだ、「非常に脆弱な現状」を維持し続けているだけ」なのは明白です。
それは、日本全体から見たら、ほんの一握りの人たちが、過酷な被曝環境のもと献身的に働いて下さっているからに過ぎません。

 有り難いことに、私は仕事や生活環境を何一つ変えたり、失ったりすることなく、今日も元気に過ごしています。
お金持ちでは無いけれど、好きなことを仕事として続けられているし、先生にも生徒にも恵まれています。
それらを決して「当たり前」と受け止めることなく、貴重な日々を無為に流されることなく過ごしたい、と以前にも増して強く感じています。


 そして、いつか必ず訪れる最期の日、何か思い起こせる言葉があるとすれば「有難う」でありたいと願うのです。





さて、来月から大学の通信教育を受けることにしました。
創価大学の通信教育部 教育学部 日本語教員養成コースです。
順調に進めば4年間で125単位取得、大学卒業資格になります。
目標は50代の内に卒業すること。

 私の通っていた高校は進学校で、高校卒業時に就職する者は、ほんの一握りでした。
養子縁組先の経済的な事情で、進学という選択肢はありませんでしたが、今のような「本気の学習意欲」が無かった当時に、例え何処かの文学部に紛れ込んでいたとしても、ロクな成績は残せなかったことでしょう。

 募集要項に書かれた科目名を見るだけで、ワクワクするような 「今」で良かったと思っています。

 私の生徒はインテリが多いから、判らないことがあれば教えてもらえそうだし…、皆さん、頼りにしていますからね。( ´ ▽ ` )ノ